International Association of Music Libraries, Archives and Documentation Centres
Japanese Branch

 

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ニューズレター第21号
Jul. 2003

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小泉文夫記念資料室
開室から今日にいたる資料整理の経過と問題

尾高暁子・佐竹悦子
(東京藝術大学音楽学部小泉文夫記念資料室)

 小泉先生が亡くなられて早くも20年の歳月がながれた。世界30数か国でのフィールドワーク。おびただしいテレビやラジオ番組への出演。世界中の演奏家がつどう音楽会の企画。魅力的な著作。多くの国際的な学術交流。こうした故人のはなばなしい活躍を目のあたりにした人たちも、もう中年以上の年代にかぎられる。

 昨年は故人が企画監修した録音や映像の全集「小泉文夫の遺産──民族音楽の礎」(キングレコード)が公刊された。また東洋音楽学会大会のパネル「没後20年──小泉文夫の再発見」は、故人の業績と社会的な影響力の大きさをあらためて認識させた。哀しいことに年末には小泉未亡人が他界され、時代のうつりかわりを痛感した1年でもあった。当室は1985年の開室このかた、資料の整理と公開を一歩一歩すすめてきたが、区切りの時期にあたり、IAMLのご配慮によって、当資料室のあゆみをご報告できたことは幸いである。この場をかりて皆様にあらためて感謝もうしあげたい。


 

 

1.所蔵資料の検索

 

所蔵資料のうちわけは2003年2月現在、以下のとおりである。

1)楽器:726点(小泉教授所蔵品:608、藝大所蔵35、後の寄贈83)

2)書籍:日本語約3,600冊、外国語約1,800冊 外国語は35種類以上におよぶ。

3)楽譜:約670冊 

4) AV資料:オープンテープ1,662、カセットテープ662、VTR80、レコード3,377、CD130 

5)雑資料:約2,700ファイル (雑誌、演奏会パンフレット、調査ノート、会議録、手帳、日記、書簡、各種草稿、図書館で登録不要とみなされた一般書、絵葉書、抜刷り、地図ほか)

6)写真・スライド等:合計、約二万点

7)その他:民族衣装、民具など。

 上記のAVのうちオープンテープは、すべてDATにダビングされ、後述の音響データベース作成作業や利用者の試聴に供している。またデータベース入力がおわった分については、今後の長期的な保管も考慮してCD-Rにとりこみ中である。これらは上記のうちわけに含めていない。写真・スライドは、寄贈された故人所蔵分のほかに、資料室開設後に撮影した所蔵楽器のスライド、モノクロプリントおよびネガをふくむ。

 

2.資料整理の経緯

 


 1984年、小泉三枝子氏が亡夫の研究資料を東京藝術大学音楽学部に寄贈された。翌85年の開室から今日までの歩みは、次の三段階にわけられる。

1)第一期(1985〜87)文部省特定研究「日本・東洋の楽器とその音楽様式に関する総合的研究」による資料整理と研究。この時期には、小泉教授自身が生前に用いた地域・民族別分類法にそって資料整理方針をさだめ、各資料の整理カード作成、資料ID番号の付与など、その後の整理作業の基礎をかためた。またコンピュータによる各資料のデータベース化も検討したが、全面的な実施にはいたらなオープンテープは劣化防止のためDATとPCM録音へのダビングを始めた。特定研究の主眼は楽器誌作成にあり、その一環として楽器の補修、写真撮影、分類法と用語の検討、音響学的調査をおこなった。この成果は特定研究成果報告書と『所蔵楽器目録』(1987)として公開した。

2)第二期(1988〜95)第一期の基本方針にそった資料の継続整理。

3)第三期(1995〜現在)インターネット普及にともなうデータベース構築と対外公開:1995年に学内LANが普及すると、多様な資料をいかにデジタル化、データベース化し、Web上で公開するかが火急の課題となり、全般的な運営方針のみなおしを迫られた。1997年にはホームぺージを開設(URL: http://www.geidai.ac.jp/labs/koizumi/)。ついで2000年には、所蔵楽器目録の訂正版をWebで公開した。これは平成7〜9年度の科研基盤研究(B)(1) 「マルチメディアを用いた楽器データベースに関する研究」(代表:東京高等専門学校助教授 鈴木孝)の成果の一部を反映したものであり、後にNAMAZUによる全文検索機能もくわえた。なおWeb上の情報公開と併行して、『蔵書目録 I 日本語』(1996)『蔵書目録 II 中国語・韓国語』(1999)も刊行した。さらに後述のとおり、市販データベース・ソフトを用いた、「オープンテープ・データベース」と「雑資料データベース」の構築と公開もすすめた。前者は文字・音声・画像を併用し、後者は文字のみのデータベースである。

 

3.   オープンテープ・データベースの概要


1)構造

 このデータベースは、T_titleとTcontentの2つのファイルからなる。T_titleはオープンテープ1本に対するテープ・タイトル単位の情報、Tcontentは録音された曲ないし解説を1単位とするファイルで、両者にはDAT番号によりリレーションがつけてある。1997年からは、アイヌ、NHK-FM「世界の民族音楽」、邦楽番組放送録音、わらべうた、中央アジア、インドネシアなどを中心にTcontentファイルの新規入力および補充入力を進めるとともに、音響ファイルや画像ファイルを搭載したマルチメディア・データベースとしてのWeb公開を実現した。2003年2月末で、646本、7085データの入力作業を終えたところである。

 

2)公開の概要

 データベースは、ファイルメーカーのプラグイン「Webコンパニオン」を用いて、カスタムWeb形式で公開されている。文字データはデータベース・サーバから、音および画像データはデータベース・サーバを介してWebサーバから配信されている。なお、データベース・サーバは小泉資料室内にあるが、Webサーバは大学芸術情報センターのものを使用する。

 まず、オープンテープ・データベースにアクセスすると、サイドメニューに「小泉資料室分類一覧」「Web試聴可能データ(2003年2月末現在、796 レコード)」へのリンク・アイコンを配した、検索画面のページが表示される。

 検索画面で検索できるのは、資料1<データベースの構造>に示されているフィールドの内、▲印のついていないフィールドである。「統合」フィールドは、全文検索に近い機能をもたせるために、*印のついているフィールドを計算式により統合したものである。

 試しにキーワードのフィールドに「わらべうた」と「アメリカ合衆国」を入力してAND検索してみると187 レコード、「アイヌ」で検索して282 レコード、「スペイン」で検索して415 レコードがヒットする。図2は、キーワード「スペイン」と「闘牛」のAND検索でヒットした23 レコードのうちの1例である。図3はその詳細表示で、「よみ」や「注記2」のフィールドが追加表示されている。図2の例では、「試聴」「メモ書」のリンクから、音を聴いたり画像を見たりすることができる。

 

3)音響ファイル

 試聴用の音響ファイルは、次の手順で作成する。まずDATテープの音をパソコンに取り込み、データ毎に区切って保存用のWAVEファイル(48KHz、16bit、stereo)を作成し、CD-ROMに保存する。Web公開用にはこのWAVEファイルをSoundVQファイル(11KHz/10Kbps/ch、stereo、ストリーミング方式)に変換し、Webサーバ上に置く。データベース・ファイルにはファイル名のみを入力してある。音はカットすることなく、該当録音の最初から最後までのすべてがWeb公開されている。

 

4)画像ファイル

 「メモ書」と書かれたリンクをクリックすると、図4のような画像が表示される。画像ファイルは、録音テープとともに保管されていたメモ書をスキャナ撮りしてPDFファイルでCD-ROMに保存し、その内のプライバシーに触れないものをWebサーバ上に置いてある。これもデータベース・ファイルにはファイル名のみを入力してある。

 

5)著作権問題の検討と許諾処理

 Web公開にあたり著作権問題については、奈良先端科学技術大学院電子図書館の運用例を参考に、社団法人著作権情報センターからの助言も受け、次のように方針を定めた。

 

@ Web公開する音ファイルは、故小泉教授がフィールド・ワークなどで収録したオリジナル録音のテープとその編集テープのみとする。民俗音楽の大半は作者不詳で著作権者がいないが、実演家、レコード製作者、放送事業者及び有線放送事業者に対する著作隣接権には対処を要するからである。

A 画像ファイルは、特例をのぞき故小泉教授のメモ書にかぎる。しかし演奏者住所などを含む場合、プライバシーを考慮して公開しない。

B 文字データは、目録データとして、基本的には著作権問題は存在しないが、プライバシーに

触れる部分は非公開とする。具体的には、T_TITLE.FP5の「メモ1」フィールドとTCONTENT.FP5の「メモ2」フィールドに非公開データを入力する。これらのフィールドは検索結果表示の対象とはしないが、検索の対象にはする。

 
以上の方針で、これまでに日本放送協会とアイヌ・ウイルタ関係データに関連する著作隣接権者に対して、実際に許諾処理を行なった。日本放送協会からは許諾がとれず、公開フィールドから「NHK」や「放送」という用語をはずすように要請されたため、NHK-FM「世界の民族音楽」などの放送録音については、残念ながらデータの中でWeb上公開できない部分が多い。

 

6)キーワード表(スペイン語圏、アイヌ・ウイルタ)の付与

 データベース作成とあわせてシソーラス構築の可能性も検討し、以下の先行例を参照した。民族学分類システムHRAF (Human Relations Area Files)、アメリカ議会図書館の件名標目表LCSH (Library of Congress Subject Headings)と分類標目LCC(Library of Congress Classification)、アメリカ合衆国インディアナ大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校における民族音楽アーカイヴの目録データベース、東京藝術大学附属図書館や国立音楽大学附属図書館の目録データベース、国立民族学博物館のデータベース。その上で、当室としては既入力分の枠組みはかえずに、小泉資料室分類表による分類番号を「分類番号」フィールドに、キーワードをTCONTENT.FP5の「キーワード」フィールドに入力するという形で作業を継続することにした。

 「キーワード」フィールドに入力する国名、地域名、民族集団名、楽器名(楽器分類)、ジャンル名、演奏形態などの用語を、どこまでシソーラスとして構築できるかについては、IAML会員の岸本宏子氏に助言を乞うた。同氏によれば、人文科学系においては本格的なシソーラス構築は難しく、通常はAuthority File(典拠ファイル)を作って用語の統制と整理をはかる。そこで2000年度には、スペイン・ブラジルを除く中南米スペイン語圏について二つのAuthority Fileを、2001年度にはアイヌ・ウイルタ関係のAuthority Fileを作成した。この時点で、当資料室データベースにおけるキーワードとその同義語の参照関係を整理し、次にこれらを、キーワード一覧および分類別キーワード表として書き出し、Web上の「小泉資料室分類一覧」該当箇所からの検索入り口として付け加えた(図5、6参照)。

 これらは、等価関係にある同義語の整理にとどまり、等価関係・階層関係・連想関係の3側面を満たす本格的な典拠ファイルには程遠い。だが、Authority Fileの充実で、キーワード入力時の優先語が明確になり、データベースの精度が高まったのも事実である。このため当面は、聴取作業が終った地域/民族の資料ごとに、同様の用語整理をつづけ、多面的な階層化の試みには着手しない方針である。

 

7)問題点

 

@多言語への対応

 最近ではOPACのWeb蔵書検索も多言語対応となり、当室も多言語対応のデータベースをWeb公開したいところだが、現時点ではファイルメーカーProの技術的な問題が原因となり実現できない。つまり、多言語の入力・表示や、データをUnicode UTF-8で取り出すことはできるが、内部データ格納がUnicodeに対応していないのである。対応がいつごろ

可能になるかも未詳である。このため、せっかくトルコ語で入力したデータも、Web公開に際しては、特殊記号をもつトルコ語文字をそれに似たアルファベットに変換しなければならない。一日も早いソフトの改良を願うばかりである。

 

A入力・チェックの所要時間と労力の問題

 データベースの作成は膨大な時間と労力を要する。入力作業は専門性と熟練を要し、フィールドノートなど所蔵関連資料との関連づけも必要である。またデータの統一性を保つには、一人のチェッカーが一貫した基準で作業することが望ましい。このため入力とチェックを1年間フル稼動し、もっとも作業がはかどった2001年度でも、実績は180本、2300データにとどまる。

 

 

 


4.  今後の課題


 

1)全資料のデジタル化、データベース化とWeb公開:デジタル化については、@膨大な写真の画像ファイル化が未着手であること、Aデジタル媒体の変化への対応策が課題となる。データベース化とWeb公開では、作業時間をふくめた物理的な問題にくわえ、著作権問題と許諾処理がネックとなる。多言語への対応もぜひ実現したい課題である。

 

2)幅広い情報提供:これまでは研究者や一般愛好家を対象として運営してきたが、今後は小学生をふくむ低年齢層にも積極的な情報提供をおこなう。小中学校では平成14年度から「総合的な学習の時間」が設置された。当室は、そのテーマの一つ「異文化理解」のために、教材用サイト「アジアの音を知ってるかい?」を作成中である。

 

3)ネットアーカイヴ機能の向上:サイバー空間でも情報発信基地となるには、関連研究機関との連携−−たとえば他地域の伝統芸能・楽器・音楽・民族学を対象とするアーカイヴ/研究組織との情報交換や研究協力−−が重要となろう。すでに台湾国立芸術センターとの情報交換が始まったが、ことにアジア地域の研究組織と手をたずさえ、情報を欧米にむけて発信する必要があろう。それはまた、日本からアジア、アジアから世界へと人間の音楽活動を俯瞰した故人の研究姿勢とも通じるものである。

 当室も社会状況の変化のなかで、さまざまな問題に直面している。だが、地道な作業をつみかさねて、データベースならではの有機的な情報活用の可能性も徐々にみえてきた。今後も所蔵資料の有効な提供をめざして進みたいと願っている。