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ニューズレター第10号(July 31, 1998)

特集:  日本支部19年の歩み(2)

  19 Years of IAML Japanese Branch (2)

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IIAMLと私                   上 法   茂

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 来年、IAML日本支部が設立されて20年を迎えるが、IAMLそれ自体の創立は1949年にさかのぼる。その年、イタリア・フィレンツェにあるケルビーニ音楽院の創立百年祭に招かれたミュージック・ライブラリアン達の総意で発足されたもので、そもそも、その背景には、第二次世界大戦中に被害を受けた楽譜をはじめ音楽資料コレクションの実情調査にあったと聞く。また、ちょうどこの年に創立されたIMC(国際音楽評議会)とともに、IAMLはユネスコの助言と指導によるところが大きい。
 1950年には西ドイツのリューネブルクで第2回国際会議が開かれ、1951年7月、ここにIAML創立第1回総会ならびに第3回国際会議が、ユネスコの全面的な協力のもとに、パリのユネスコ・ハウスで開催された。以来、1955年9月には第2回総会と第4回国際会議が行われ、これには次の2団体、IFLA(国際図書館連盟)とIFD(国際文献活動連盟)が参加した。また1959年には、第3回総会ならびに第5回国際会議が、ガルピン協会(1946年、ロンドンに創立)の第1回国際会議との共催で、6月29日から1週間にわたり、イングランドのケンブリッジで開催された。
 私がはじめてIAMLの存在を知ったのは、1955年、戦後、慶應義塾大学の文学部に新しく設立されたジャパン・ライブラリー・スクールにアメリカのLC(議会図書館)から派遣されたエドガー・ラーソン教授からである。早速、先方へ入会希望の問い合わせをしたところ、会費の納入はスイス・フランに限られていることがひとつのネックとなった。その上、当時は個人の日本からの海外送金は自由ではなかった。幸い、ジュネーヴ在勤の日本の外交官、菅原三郎氏の厚意で立て替え送金して下さり、その分の日本円は外務省の交通遺児育英基金に納めることで落着した。その後も、このような状態は数年続いたように思う。そしてIAMLのメンバーになったのは1956年1月のことである。最初に送られて来たのは、IAMLの機関誌“Fontes Artis Musicae”の1954年6月創刊第1号だった。編集はフランスのウラジーミル・フェドロフ氏、西ドイツのカッセルにあるベーレンライター社から出版されていた。その当時、会長はアメリカのリチャード・S.ヒル氏、事務局長はフランスのウラジーミル・フェドロフ氏で、すでに各国支部はイギリス、アメリカ、西ドイツ、オランダ、フランス、スウェーデン、ブラジルに設立されており、次いでカナダや東ドイツも設立の準備を進めていた。
 1959年7月、ケンブリッジでの総会で、スウェーデン放送協会のフォルケ・リンドベリ博士が新しく会長に選出された。会員数も約700名に達し、この5年間に、西ドイツ、スウェーデン、アメリカの会員数は著しく増加した。他方、当時は次の各専門委員会で構成されており、それぞれ国際的な基礎に立って活発な活動を続けていた。

  ラジオ・ミュージック・ライブラリー国際委員会
  レコード・ライブラリー国際委員会
  目録規則国際委員会
  公共図書館国際委員会
  大学及び専門図書館国際委員会

これらのうちで、もっとも活発な動きを示していたのはラジオ・ミュージック・ライブラリー国際委員会であった。委員長はB.B.C.ミュージック・ライブラリーのジョン・H.デーヴィス氏で、EBU(ヨーロッパ放送連合)の加盟国がその主流となっていた。この委員会は、その仕事の一環として、1959年、会員各放送局ミュージック・ライブラリーの国際協力のもとに、Inventory of Rare Orchestral Materials(稀覯管弦楽資料目録)を完成した。この初版はすでに絶版になっている。
 他方、EBU(ヨーロッパ放送連合)に遅れて、アジア地域ではNHKの呼びかけでABU(アジア放送連合)が設立されたが、その第1回総会に事務局の一員であった私は、その議題の中に、音楽という言葉が皆無であったことに大変淋しい思いがした。それに反して、IAMLのラジオ・ミュージック・ライブラリー国際委員会からは、新しいプロジェクトへの協力と参加要請の手紙が相次いだ。その中に、Music Materials Divisionという名称は一般には聞かれないので、その実情を知らせて欲しいというものもあった。当時、NHK部局の英訳名は音楽資料課をそのように表記するように決められており、それにミュージック・ライブラリアンという職種は認知されていなかった。しかしながら、当時のNHK音楽資料は、組織の中のひとつに過ぎなかったものの、レコード、楽譜の所蔵数は日本最大で、しかもそれらの整理方法は、当時の音楽資料課長、小川昂氏の尽力により、アメリカ議会図書館の記述目録法をベースにしたNHK音楽目録規則が作成され、その分野では日本の先駆的な存在であった。そして、私はこの機会に、NHK Music Materials Divisionの実情をNHKの放送の歴史とともに紹介した。
 このような期間がしばらく続き、そのうちに一度はIAMLの国際会議に参加したいと思うようになり、私なりに準備を重ね、その機会を待った。そして1967年、ザルツブルクでの国際会議に初めての参加の機会は訪れた。
(以下次号)
 
 

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IAML日本支部設立のころ              村 井 範 子

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  IAML日本支部が設立されて、来年は20周年という記念の年をむかえることになります。音楽の資料に関する研究やそれらの情報交換の世界的輪の協力団体に、日本支部の会員たちも加わって、一年一年と多彩な活動の歩みを進めて行けることを、心からよろこびたいと思います。
 私がIAMLの存在を知ることができたのは、アメリカでの留学を終えての帰途、イギリスに2カ月滞在した1959年から1960年にかけての冬のできごとでした。
 東京芸術大学音楽学部楽理科第2回生として、私は、音楽学を専攻した者でしたが、留学中、ハーヴァード大学音楽学部のジョン・ウォード教授より音楽学の研究に、あらゆる資料にできるだけ的確にあたることの重要さを教えられ、またアメリカの図書館の機能の素晴らしさとライブラリアンの優秀さにおどろいて帰途についたところでした。その折り、ケンブリッジ大学音楽学部図書館で、ライブラリアンでエリザベス朝音楽の研究家でもあるヴラスト氏にお会いする機会がありました。私は次のような質問をしました。「日本のように欧米から離れた国で、西洋音楽を研究しようとねがう者にとって、西洋音楽の資料や文献についてなんとかいつも新しい情報を得たいと希望するなら、いったいどんな方法があるのでしょうか」。するとすぐに、「それはIAMLの会員になることですよ。この協会は、音楽の資料や文献に関するきわめて具体的な情報交換の場をつくっているのです。会議を毎年開いていますし、『Fontes Artis Musicae』という名の機関誌も年4回発行しているのです。様々な活発な活動をみんなで協力しながらやっているのです。」という答がかえってきました。こうして私はこの協会の存在を知り、入会申込みの書類をいただき、帰国後、遠山音楽財団付属図書館(現・日本近代音楽館)などにもお知らせし、私も個人会員への入会の手続きをいたしました。
 しかし、当時のまだ敗戦の疲弊の続いていた日本の国情のもとでは、会議参加は難しいことでした。やっと1972年にイタリアのボローニャで開かれた会議にはじめて参加することができました。当時のIAML事務局長ハロルド・ヘックマン氏にご連絡し、開催側のパガネッリ氏にもご紹介いただいて、乏しい予備知識で様々の会議に出席し、まずは多くの分科会活動に触れ、多くの方々にお会いすることができました。中で、バリー・ブルック氏は、RILM日本国内委員会の野村良雄先生のお名前を挙げ、今後ますますの親密な交流をとのお言付けをくださいました。
 音楽につながって仕事をしている者同志の間に自然に生まれる親しさというか、協力の温かい精神というか、なにかそのような魅力に惹かれて、IAMLの会議に私は1人または2人の日本からの会員とその後何度か出かけることになりました。1973年にはロンドンのレッドフォードカレッジでの会議に、1975年にはカナダのモントリオールのマックギル大学での会議に、1976年にはノルウェーのベルゲンの国際会議場での会議に、1977年にはドイツのマインツのグーテンベルク大学での会議にと。マインツでは、すでに籍をおいていた音楽専門教育機関の図書館部会で部会長のキャロル・ムシオル氏に請われて、日本の音楽大学事情や図書館活動の問題点などの報告をいたしました。さまざまな質問が出て、改めて、日本の音楽大学や図書館活動に、視点を変えて眺める貴重な経験をいたしました。滞在中、当時のIAML会長ヘックマン氏により、日本支部設立のおすすめがありました。日本の会員もいつの間にか支部設立のための(団体会員を含めて)10名をはるかに越えて、関心を持つ方も増えておりました。日本の会員の方々とのお話し合いもはじまり、1978年のポルトガルのリスボンのグルベンキアン財団国際会議場での会議中に、事務局長のアンダース・レン氏より詳細な支部設立の手続き方法をうかがい、請われて、役員会で私は日本支部設立の準備中ですとの報告をいたしました。一方、日本国内では、IAML会員は数回にわたって会議を開き、国際的な交流や協力に重きをおくIAMLの活動を充分留意の上、その活動の輪に加わるべく、日本支部長遠山一行、事務局長村井範子、会計渡部恵一郎、役員として上法茂、平尾行蔵、福島和夫、古荘隆保、正木光江、松下均の諸氏をえらんで、支部を設立いたしました。
 1979年のオーストリアのザルツブルクのモーツアルテウムの会議では、このニュースを喜んでいただき、つづく1980年イギリスのケンブリッジ大学で開かれた大会(コングレス)には、日本から遠山一行支部長、上法茂、村井範子、岸本宏子、平尾行蔵、藤堂雍子、荒川恒子の7名がにぎやかに出席し、IAML会員全員の歓迎を受けました。役員会では、会長ブルック氏が早速、遠山一行日本支部長を副会長候補に推薦なさるなど、日本支部設立で、欧米中心であったIAMLの活動も、アジアまで、そしてやがて地球全体へと広がっていくという認識と期待が全会員にわきあがってきました。
 IAMLの歴史の中での大きなエポックでした。
 
 

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支部例会の歩み              寺 本 まり子

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 日本支部設立時の第1回支部例会から1984年の第16回例会まで簡単に、箇条書き的にまとめてみたいと思います。

第1回例会
 1979年10月20日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
  1.本年度年次大会(於ザルツブルク)の報告
  2.今後の活動に関する意見の交換
  3.その他

第2回例会
 1980年1月26日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1.新春雑感ー音楽資料館の構想 遠山一行
 2.欧米図書館MSSカタログのリスト作成について 渡部恵一郎
 3.資料紹介〈石井多恵子編:欧文による日本伝統音楽文献目録〉

第3回例会
 1980年3月15日 午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1. 日本音楽の文献所在目録について 福島和夫
 2. 音楽に関する用語の解釈と訳――IAML分科会の名称について―― 村井範子
 3. 目録法における最近の国際的動き――ISBD成立の由来およびISBD(DM)について 平尾行蔵

第4回例会
 1980年6月21日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1.ヨーロッパの図書館(1) 戸口幸策
 2.〈目録の将来〉について 市川利次
 3.資料紹介:日本伝統音楽の分類表

第5回例会
 1981年1月31日 午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1. ヨーロッパの図書館(2)――南フランスの図書館――松前紀男
 2. 第12回コングレス(於ケンブリッジ)報告 支部長遠山一行、村井範子他

第6回例会
 1981年5月30日(土) 午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1. 絵画と演奏――Musical Iconography入門―― 大橋敏成
 2.アメリカの図書館(1) 岸本宏子

第7回例会
 1981年11月21日(土)午後2時-5時
 於 尚美高等音楽学院1号館9階会議室
 1.わたしの留学報告 平尾行蔵
 2.アメリカの図書館(2) 岸本宏子
 3. ヨーロッパの図書館(3)――ハイドンの資料をめぐって―― 大崎滋生

第8回例会
 1982年1月30日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1. ヨーロッパの図書館(4)――ハイドンの資料をめぐって―― 大崎滋生
 2. 西ドイツ音楽学会国際大会(1981年9月於バイロイト)に参加して 寺本まり子
 3. IAML年次大会(1981年9月於ブダペト)報告村井範子 平尾行蔵

第9回例会
 1982年3月20日(土)午後2時-5時
 於 東京文化会館4階会議室中No. 4
 1. 日本の古典音楽資料に関する問題点 福島和夫
 2. ヨーロッパの図書館(5)――バイエルン州立図書館における手書楽譜の整理について――  平尾行蔵
 3. アメリカの図書館(3)――大学図書館について―― 岸本宏子

第10回例会
 1982年6月19日(土)午後2時-5時
 於 東京文化会館4階会議室中No. 2
 1. ヨーロッパの図書館(6)――バイエルン州立図書館における手書楽譜の整理について(2)―― 平尾行蔵
 2. RILM Abstractsにおける資料収集のメカニズム――特に雑誌資料を中心として――長谷川由美子

第11回例会
 1982年11月20日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1.IAML年次大会(1982年7月 於ブリュッセル)報告村井範子 渡部恵一郎
 3. 国際音楽学会大会(1982年9月 於シュトラスブール)報告 寺本まり子 美山良夫
 4. 日本における音楽図書館学教育について(Education for music librarianship in Japan) 加藤信哉

第12回例会
 1983年1月29日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 1.アメリカの図書館(4)――ライブラリー・スクール――岸本宏子
 3. 日本における音楽図書館員の教育について 加藤信哉

第13回例会
 1983年4月23日(土)午後2時-5時
 於 国際文化会館会議室
 ――アメリカ音楽図書館協会大会参加報告(1983年3月 於フィラデルフィア――岸本宏子

第14回例会
 1983年10月15日(土)午後2時-5時
 於 東京文化会館会議室中No. 2
 1. IAML大会(1983年5月 於ワシントン)報告 渡部恵一郎
 2.音楽図像学入門II―Musical Iconography研究会例会を通じて学んだこと− 大橋敏成

第15回例会
 詳細不明

第16回例会
 ―音楽学会・東洋音楽学会との合同例会―
 1984年11月10日(土)午後2時-4時15分
 於 東京芸術大学音楽学部5-301室
 報告 古楽における音楽学と実践の関係――西ドイツを中心に―― 尾山真弓
 討論 RILM(国際音楽文献要旨目録)の分類法再考
    東洋音楽学会 柘植元一 福島和夫
    音楽学会 角倉一朗 渡部恵一郎(司会)
    IAML日本支部 岸本宏子 平尾行蔵

(各種の表記は例会通知の葉書の表記にしたがっています)
 
 

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 支部規約制定のころ                   秋 岡   陽

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 今から約3年前。1995年5月20日のこと。麻布台の日本近代音楽館の一室で、IAML日本支部の1995年「総会」が開かれた。この日の総会は、次の2つの理由で画期的だった。まず第1に、念願の「IAML日本支部規約」が、この日ついに発効したこと。そして第2に、IAML日本支部の歴史上初めて行われた「投票による役員選挙」の結果が発表されたこと。これら2つの出来事のために、この日の総会は忘れられない総会として記憶に残ることになった。
 「新しい体制作り」という言葉が繰り返し聞かれるようになったのは、この総会の1年ほど前からだった。1994年3月12日と4月9日の2回にわたり、支部の委員会(現在の役員会に相当)が召集された。議題は、「1988年の東京会議以後の変則的な支部運営をどう改め、支部をどう再建してゆくか」ということだった。
 実際、1989年から1993年にかけて、支部の運営は変則的だった。対外的には、国際本部に対して会費納入もなされていたし、本部への連絡、報告、年次会議出席なども行われていた。しかし国内的には、会費徴収や会員への連絡などがきちんと行われていなかった。一部の委員に過重な仕事をお願いし、皆もそれをフォローする配慮ができずにいたのだ。
 そうした事態を改善するために、このころから、「新しい体制作り」ということが言われるようになった。1994年4月9日の委員会では、具体的にまず@支部規約を制定し、さらにA新しい組織作りをする必要がある、ということが確認された。
 しかし、この1994年4月9日の委員会のメモを見ると、次のような発言もあったことが記されている。「IAMLは、本質的に、会員“個人”がそれぞれの関心にあわせて自発的に活動する、自由でゆるやかな組織であるはず。そうした、個人による自発的な活動を押しつぶしてしまうような形式優先の組織を作ることは望ましくないのではないか」。この発言は、現在も、そして今後も、忘れてはならない大事な意見だろう。
 しかし、そうはいっても、あまりにも「ゆるやか」すぎたことも事実。そこで、最小限のものを成文化した規約を作り、また、特定の個人にばかり仕事をおしつけることなく皆で効率よく仕事を分担できるような組織作りをしよう、という結論にまとまった。
 なお、この4月9日の委員会の段階で、そうした作業の実務担当の責任者として、林淑姫氏が事務局長に選ばれた。その後1年間の準備作業のなかで、彼女のなした働きの大きさと的確さは、いくら賞賛しても賞賛しすぎることはない。
 さて、4月の委員会の直後から、林事務局長の陣頭指揮のもと、新しい体制づくりの準備が急ピッチで始まった。
 翌月、5月25日には、それまでの経過と現状を報告する文書が、支部長名で、全会員あてに発信された。
 いっぽう、7月30日には、当時本部の事務局長をつとめていたハインツ氏Veslemoy Heintzにあてて、支部規約作成に関する手順の問い合わせが行われている。
 ハインツ氏の対応は迅速かつ適切、そして親切だった。「IAML本部規約第6条に基づき、各国支部はそれぞれの支部規約をもたなくてはならない」ことになっているということも、初めて教えてもらった。
「規約はあったほうがいいのではないか?」「いや、日本支部に規約ははたして必要だろうか?」といった論議をしていた我々だったが、実は規約は「なくてはいけない」のだった。
 また、「支部規約はそれぞれ勝手に作ってよいわけではなく、本部にいったん提出して承認を得る必要がある」ということも初めて知った(ということは欧文でも作文しなくてはいけないことになる)。そうしたことを一から丁寧に説明してもらい、さらに各国支部の規約をサンプルとして送ってもらった。
 それを受け、8月に入るとすぐに、日英2カ国語による規約本文の草案作成が開始された。日本支部事務局長(林淑姫)、日本支部事務局スタッフ(加藤修子・秋岡陽)、そして本部事務局長(ハインツ)のあいだで何度も文書が行き来し、推敲が重ねられた。
 草稿は、秋になってようやく完成。10月22日には委員会が召集されて、規約案の検討が行われる。さらに12月3日には支部総会が召集されて、規約案が再検討された。こうして一応完成した条文は、翌年4月に会員全員に送付され、それと同時に規約採択のための投票用紙も送られた。投票用紙は4月28日締め切りで回収されることになった。
 5月2日の夜遅く、日本近代音楽館で開票作業が行われたが、結果は「賛成45、反対0、白票1」だった。採択決定! あとは5月20日の総会の日に開票結果を報告すれば、いよいよ発効、ということになる。ようやく一息つき、ほっと胸をなでおろし、林事務局長のいれてくださった熱いコーヒーを飲みながら「お疲れさま!」と慰労の声をかけあった。
 今回は、支部規約制定の経緯を、思いつくままに書き起こしてみた。しかし、1994年の春から1995年5月20日の総会までの1年間には、ほかにもいろいろな作業が急ピッチで進められた。そのなかでも、とくに大変だったのは、@会費徴収と会員名簿の確定、A財政建て直し、B支部役員選挙、といった作業だった。
 関係各方面に現状を説明しつつ、会費納入への理解を求める作業。1995年2月20日の「1995年度会費納入最終期限」を待って、会員名簿を確定する作業。確定した名簿をもとに選挙準備を開始する作業……。忙しい1年だった。小生はたまたま規約作成の作業の一部をお手伝いしただけだったが、それぞれの作業の中心になって働いた会員諸氏の働きを今一度思い起こし、感謝の念とともに書き記したい。
 
 

* *   感謝   ***************

 音楽教育機関図書館部会が行ったアンケートには、国内13期間中10機関からお答えをいただきました。
 「音楽教育機関図書館のネットワークとアクセスビリティ」というテーマで、e-mailやIAML掲示板を使った初めての試みでしたが、ヨーロッパ、アメリカ、日本はもとより、アジア圏や旧東欧圏からもリアクションがありました。広く参加して下さったことに担当者は手ごたえを感じ喜んでいます。
 詳しくは、別の形でご報告したいと思っています。ありがとうございました。

              藤堂雍子
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サン・セバスティアン会議に出席して              岸 本 宏 子

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 スペインにありながらスペインらしくない、フランスの香りがする海辺の町サン・セバスティアン。緑も水も豊かな美しい町です。サン・セバスティアンのビーチの中ほどに突き出た小さい岬の上にあるミラマール宮が今年の会議場でした。宮(パレス)という名にしては小規模な木造の建物でしたが、あたたかいもてなしと美しい見晴らしは、出席者の心を和ませてくれました。
 例年通り会期は日曜夜(6月21日)の開会式とそれに続くレセプションに始まり、翌月曜から金曜までの5日間に会合がもたれました。水曜午後は遠足、金曜午後には総会(General Assembly)や終会(Closing Session)があるので、実際の会合は月火木の全日と水金の半日に行われます。各日とも、午前午後が2セッションずつの時間帯に区切られて会合がもたれます。その日の会合終了後に音楽会などのプログラムも組まれます。こうした日程は全てガイドラインで決められていますので、どこで行われる会議のスケジュールも基本的には同じです(ただしガイドラインが改訂されるそうですので来年からは多少変化するでしょう)。
 会期中、5つの職場別の分科会(Professional Branch)、4つの種目別委員会と3つの作業部会(Subject Commission and Working Group)、4つの国際的協力企画(Joint Commission)がそれぞれ1-2の公開の会合と役員会を行いました。公開の会合は、主催国スペインを中心とした発表が主体でしたが、その他にも、東欧圏・旧ソ連邦諸国の参加者や発表・発言が目を引きました。日本からは藤堂氏が「Libraries in Music Teaching Institutions音楽学校の図書館分科会」で報告をされました。
 今年の話題は何と言っても、主要国の大図書館の引っ越しです。フランスの国立図書館、イギリスの大英図書館、アメリカのニューヨーク公共図書館など、音楽にとって大切な図書館の新館がこぞって落成しました。これは、電子化した図書館が初期の段階(メインフレームと端末)から第2の段階(ワークステーションの使用)へ、そして第3の段階(パソコンとインターネットの時代)へと進行していく上で、過去の器の手直しでは間に合わなくなったと言うことなのでもありましょう。
 50年に近いIAMLの活動は、その時々の図書館界の動向を反映して来ましたが、現在は国際的な協力という面ではやや静かな状態にあります。1980年を中心とした、電子化に向けての活気に満ちた細部にいたる打ち合わせの時期と、近い将来に来るべきインターネットによる世界的な規模での協力のための具体的な取り決めに向けての準備の狭間にあって、各国、各機関がそれぞれの取り組みを紹介しあって他者を知るとともに友好を深めている、そんな時代に見えます。そして、新時代に対応できる新しい建物がどんどん完成していく、そんな時代を感じました。
 1980年前後の新目録法に向けての討議には参加しなかった日本ですが、次の時代に向けての討議には積極的に参加して、欧米以外にも世界はある、欧米以外の視野も国際団体の進路をきめるには必要なのだ、ということをわかってもらえる努力ができるような、そんな日本支部に育っていってほしい。そのためには、図書館のプロフェッショナルの皆さんに各国の現状を知っていただくのが何よりと思います。各国、各機関の取り組みを知り、自館の現状を知ってもらい、よりよい将来を考えていく、ということをお願いしたいと思います。今後の国際会議に出席して下さい。
 さて今年の会議は第18回のコングレスでした。IAMLには年次会議がありますが、3年毎の年次会議はコングレスとなります。コングレスにはGeneral Assemblyと呼ばれる総会があり、これがIAMLの最高議決機関となっています。会長と副会長の選挙もコングレスの年に行われることになっていますし、重要事項はGeneral Assemblyの採決が必要ですから、コングレスとなる年次会議は重要といえます。

 今年の総会での決定事項は3件、以下の通り。いずれも経済上のことです。極東の経済問題と、ECの新通貨ユーロへの移行という2つの問題がらみで、次のコングレスまでに急激な状況変化があり得るとの懸念から、
1. 会費値上げが必要となった場合、代表者会議に判断をまかせる(現在は健全会計です)
2. IAMLの公式通貨(米ドルと独マルク)の変更の可否判断を役員会にまかせる
3. また、経済状況の悪化しているIMCから脱会するとの案が出されましたが、プラス面もあるのであと1年は継続し、その間に法的問題を確認して(もしIMCが破産したらIAMLも負担を負わされるのか)再考する

 南仏への遠足も、サン・フアン祭りの民族ダンスも美しく、ビクトリアのコンサートも素晴らしく、そしてサヨナラ・パーティーのお料理も最高でした! それにしてもサン・セバスティアンは日本から遠い所でした。6月の開催という時期も、たいていの日本人会員にとっては具合が悪い……。というわけで、今回の参加者はここ数年よりかなり少なくなりました(井上公、岸本、上法、、関根、藤堂、非会員3名)。だれにとっても最適の場所と時期というのは、国際的な会合の場合、あり得ませんから仕方のないこととはいえ、ちょっと残念でした。来年から数年間は7-8月の開催になりますので、皆様のご参加を願っています。
 
 

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第21回支部例会報告               松 下   鈞

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 IAML日本支部第21回例会が、1998年3月28日、国立音楽大学附属図書館で開かれた。

■ 新田満夫氏(雄松堂書店代表取締役社長)の講演
 西洋古書業として天理大学図書館、京都外国語大学図書館、金沢工業大学ライブラリ・センター、明星大学図書館等の世界的な貴重書コレクションの構築に積極的に関与し、国際古書業組合の理事として国際的にも活動する一方、講談社、山種産業、ヤマト運輸等との共同企業体JCC(カルチャー・ジャパン)のリーダーとして大学図書館のさまざまな問題解決に手を貸す事業を展開している新田満夫氏からお話を伺った。
 コレクション形成には基本的構想が欠かせないこと、その構想を何年もかかかって着実に実現していくことの喜びを、金沢工大の科学技術の発展に寄与した資料の収集にからめてお話された。収集の始めにセンター側から提示された基本プランと科学技術の発展に寄与した資料のリストを元に、世界の古書市場に出回る資料を見つける喜びはパズルを解くような楽しみがあると、図書館と古書業との好ましい提携の実例として示した。古書は何年か経つとコレクターから再び市場に戻ってくる面白味があるが、一旦図書館に入ってしまうと、そこで流通が止まってしまうことによって、市場の価格が高騰するという悩みもあるとのことだった。また古書市場のルールを知らないで市場で貴重資料を買いあさる日本のバイヤーが国際的な顰蹙を買っていることについてもお話された。さらに、最近の図書館はコンピュータのことばかりで、「本」が好きでたまらず、「本」の事を良く知っている図書館員が少なくなっている現状を慨嘆された。

■ 国立音楽大学附属図書館のLS/1図書館システムの見学
 ひとつの媒体に多数の曲が収録されたり、ひとつの作品について複数の言語標記があったり、ひとつの作品が序曲、間奏曲、アリア等など独立したいくつかの部分として存在する等の特性をもつ音楽作品に配慮して開発されたLS/1図書館システムの稼動状況を見学した。
 国立音楽大学附属図書館のLS/1システムの開発ではシステム及びデータをともにグローバル・スタンダードを基本としている点が特徴である。OCLC,LC等のAACR2で作成された目録データをLS/1目録システムにダウンロードする際、マルチスクリプトの典拠データベースとリンクさせることによって、国外の刊行物も人名、タイトル、件名等などを日本語でも検索ができる。原書と翻訳書がリンクされているものはそのどちらからでも検索ができる等などの優れた機能を確認した。しかし、OCLC、KINOWINE、AV-MARC等からダウンロードされたり、同館で独自に作成されたLS/1目録データにはまだまだ統一性がなく、今後は品質向上が求められる。
 1998年3月現在の音楽資料目録データの件数は楽譜7万件、音楽図書7万件、CD4万件と、NACSIS-CAT等の国内の音楽目録データベースとは格段のデータを持つことと、典拠データベース8万件以上を内蔵し、それらを販売する用意があるなど点で、LS/1として世界に開かれたグローバル・スタンダードの音楽図書館システムとして今後の成長を見守りたい。なお、2年以内にLS/1 OPACをインタネットに公開するとのことである。またシステムとデータは紀伊國屋書店から販売されている。
 
 

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第22回支部例会報告                      関 根 和 江

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  さる5月23日(土)、1998年度総会に引き続き、午後3時25分から例会が行われた。テーマは、『音楽関係情報資料に関するいくつかのレポート「日本における現状報告とプロジェクト紹介」』で、以下4件の報告が行われた。

 1)南葵音楽文庫の現状と国立音大における文庫の利用状況(松下 鈞)
 2)国立音大における書誌・索引作成・刊行事業について(平尾民子)
 3)MLAJ加盟館の音楽和雑誌の所蔵とリソースシェアの動き(屋部 操)
 4)近代音楽館の現状と将来(林 淑姫)
(敬称略)

松下氏(国立音大)の発表は、平成5年に国立音楽大学附属図書館に寄託された南葵音楽文庫(貴重資料809点のマイクロフィルムと、昭和45年以降に収集した資料)の利用に関する報告である。利用のケースは、外国の大学、研究者、編集、出版であった。文庫には新旧2種類の目録(1925年刊のカミングス文庫の目録、1970年刊の蔵書目録)があるが、両者には資料数で88点の異同がある。資料の数え方の相違、合本による変動もあるが、盗難、未返却、売却などによる紛失もある(詳しくは『塔』18号を参照)。行方不明の資料に関する調査が必要である。利用と保管の見地から、今後はカミングス文庫の電子化が待たれる。なお、文庫の原資料は、大木九兵衛氏が一昨年亡くなられた後、大木文化財研究所が管理しており、旧来どおり小田原市の大木邸の書院に保管されている。また、南葵音楽文庫の資料に限らず、音楽文化財が日本に流入しても、個人あるいは団体の所蔵になると公開されることなく死蔵されかねないのが現状である。流入している資料の調査と目録作成が急務である。詳細は『Newsletter』no.9(1998.5)、3-5頁を参照されたい。
 平尾氏(国立音大)の発表は、1970年代初頭から開始された国立音大における書誌作成業務が、組織的、形態的変遷を経ながらもおよそ四分の一世紀にわたって継続され、成果をあげているという報告である。平成3年、大学設置基準の改定により数値基準が外され、図書館に関しても、座席数や蔵書数よりも、活動の内容と質が問われるようになった。音楽に関する書誌・索引の作成と公刊は、教育・研究はもとより、市民社会・生涯教育への支援という大学の役割を先行する形で行われてきた活動であったと言える。現在までの成果は、個人書誌、主題書誌、索引、内容総覧等々、作成中のものを含めればその数は141点にのぼる。書誌索引作成活動に対する一昨年および昨年の同館の受賞は、音楽界および図書館界に果たした大いなる貢献が社会的に評価されたものである。利用者の立場に立った書誌・索引が今後も作成されることを期待する。詳細は『国立音楽大学附属図書館年報1996』、9-20頁を参照されたい。図書館史を付した年表は、書誌・索引作成の歴史をつぶさに物語るものであり、読み物としても興味深い。
  屋部氏(国立音大)の発表は、音楽関係和雑誌をMLAJで資源共有(リソースシェア)するための検討材料として、『学術雑誌総合目録』CD-ROM版(1997年8月現在)記載の音楽関係和雑誌について、MLAJ加盟館での所蔵状況を調査した報告である。リソースシェアとは、資料の共同保存・共同利用、もしくは分担保存・分担収集を意味する。所蔵調査は、『音楽関係逐次刊行物所在目録』1992年版のデータによる。調査の結果、音楽関係和雑誌は3つの範疇に分類されることが明らかになった。
 1.単一所蔵館であることを自覚して保管すべきタイトル248件
 2.加盟館以外には依存できない資料であり、MLAJでの調整が必要なタイトル251件
 3.他機関に依存しうる周辺領域のタイトル
なお、92年版以降に学総目に新たに追加されたタイトルについては、調査が続けられている。関連記事は『国立音楽大学附属図書館年報1995』、27-33頁に記載されている。
  林氏(日本近代音楽館)の発表は、発足から10年を迎えた日本近代音楽館の現状についての報告である。資料収集の苦労話、昨年公開されたデータベース「新聞記事にみる日本の洋楽[明治期]」について等々興味深い発表が期待されたが、残念ながら時間切れとなり、最後に旧東京音楽学校奏楽堂における春の特別展「戦後音楽の旗手たちー作曲家グループ、活動の軌跡(1945〜1960)」の紹介が行われた。
 
 

 会計報告 TREASURER'S REPORT
■新会員の会費納入完了
 1998年度から新たに加わられた1機関、2個人会員の会費を、サンセバスティアン会議の前に本部へ振り込みました。会議中の会計報告にも、その数は入っていました。
 お手元に『Fontes』第45巻1号は届いているでしょうか? まだでしたら至急お知らせください。
■名簿を再確認中です
 退会された3人の削除がまだされていない模様(もちろん支部から通知はしているのですが……)。本部の会計、英国のPam Thompsonが任期満了の上、プレジデントに選出され、新たにオランダのMartie Severtが会計に就任しました。事務上の引き継ぎがまだできず、多少ごたついているようです。早速名簿の再確認を致します。支部総会以降の変更や、追加がある方は8月上旬までにお知らせ下さいますよう。
連絡先:藤堂雍子
■アウトリーチ支援について
 支部として途上国の会議参加支援、図書の送付等、正面から取り組む時期にきているようです。本部ガイドラインに沿って、役員会で、できるところから検討を始められると良いと思っています。
 

 事務局便り
■ 20周年記念シンポジウムにつていて
 来年(1999年)開催予定のシンポジウム(テーマ:「音楽と情報と資料」)について、提言を歓迎いたします。
■ HPだより
 4月1日よりカウンターを取り付け、7月30日現在、1070件のアクセスがありました。今後、会員によるHPへのリンクを考えています。HPを開いておられる方でリンクをご希望の方は、お知らせ下さい。
■ e-mailのIDをお知らせ下さい
 本部−支部の連絡は10年以上前からすでにe-mailが中心でしたし、昨年のジュネーヴ会議から総会議事録もe-mailのみの配布になりました。各経費節減の目的もあって、日本支部も役員会などの連絡はおおかたe-mailに移行しました。会員の皆様との連絡等も、将来的なことを考えますと、インターネット利用を増やしていきたいと思っています。書面での連絡に加えて、HPとe-mailを利用した会員連絡ネットも育てていきたいと思いますので、IDをお持ちの方はお知らせ下さい。
■ 事務局への連絡について
 IAML日本支部は、日本近代音楽館のご好意により同館に事務局を置いていますが、事務局メンバーは常駐しておりません。郵便物のチェックなど、遅れがちになってしまいますので、お急ぎの連絡は事務局長へ直接お願いします。